カンヌ映画祭で男優賞を受賞したことで話題の、『PERFECT DAYS』を観ました。
この映画について言語化するのは難しく、映画全体を通しての感覚をただ体の中で温めることしか今はできません。
つい先日の記事で「言語化するのが好き」と綴ったばかりで恥ずかしのですが(→ ★)、いまは「言語化できない映画でした」と言語化するのが精一杯の状況です。
もう少し時間をおけば、言葉にすることができるかもしれませんが、この映画はじんわりと感じたことを温存したままでもいいかな、と思います。
心の中で卵を温めるように。
「こんな映画でした」とキャッチーな言葉はまだ出てこないのですが、鑑賞後の私の価値観を撫でていることは確かです。
今このタイミングで、この映画を鑑賞できたことを、とても幸運に思います。
PERFECT DAYS(パーフェクト・デイズ)
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『PERFECT DAYS』は、役所広司さん演じる平山という男の日常のルーティンを描く物語。
朝起きて、同じリズムで同じ形に布団を畳み、歯を磨き、植物に水をやり、アパートの前の自販機でコーヒーを買い、車のエンジンをかける前に大口で飲み、運転しながらカセットテープの音楽を聞き、公衆トイレの掃除の仕事へと向かう。
買ってきたお昼を公園で食べ、胸元のポケットから古いフィルカメラを取り出して見上げた木々の葉と空を撮り、木漏れ日に微笑む。
スクリーンには、こんな同じ日常が何度も繰り返し映し出されます。
生活することは他者と関わりを持つことでもあるので、所々にやり取りや会話が出てきますが、ほとんどセリフもありません。(役所広司さんの演技が光ります)
ともすれば、「こんな毎日楽しいのかな」とも思えてしまうほど、淡々としています。
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けれど、ここにありました、こんなところにあったのです。
大きな感情の振れこそないが、小さくも揺れる細く秘めやかな感情。
感覚、思い、気持ちよさ、ささやかさ、当たり前の連続、過去の傷。
「毎日同じ生活をしていても、ふたつとして同じ日はない」
映画の中で何度も何度も見せられる、彼の変わらない日常から感じさせられます。
映画のストーリーはいたってシンプルですが、そこに凝縮されたものは計り知れません。
観た人の数だけ、その心に感情を生み出します。
映画をみてしばらく経つのに、主人公の日常がピッタリ私の記憶に張りついて離れません。
気がつくと考えています(恋かよ)(…かもな)
そういえば3回観に行った映画も
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『パターソン』という映画があります。
私はこの映画がクセになり、映画館へ3度ほど通いました。
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好きな映画、よりも「クセになる映画」と言った方が私にはしっくりきます。
このパターソンも、バスの運転手をする男の日常のストーリーで、彼も決まった朝食をとり、仕事に出かけ、日々の自分の心情をノートに綴ります。
大きな出来事や事件があるわけではないけれど、シンプルな日常を映し出す映像を不思議とずっと観ていられる、そんな映画です。
前述した『PERFECT DAYS』は、朝の缶コーヒーが印象的でした。
この『パターソン』で私の印象に残ったキーアイテムは、朝食の際に登場するマッチ箱でした。
『PERFECT DAYS』で、毎日空を写しているフィルムカメラの存在。
これは、私の中では『パターソン』のノートと重なります。
こんな風に、ふたつの映画の間には似た空気を感じました。
(内容はまったく異なりますが)
アガサ・クリスティもシンプルだった
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先日、アガサ・クリスティを読みました。
本はわりと読む方なのですが、実ははじめてなんです、アガサ・クリスティ。
アガサ・クリスティは読んだことのなかった私でも、名前はもちろん知っていました。
前々から『春にして君を離れ』のタイトルかっこいいなー、と書店で背表紙を見るたびに思っていました。
昔から、海外の推理小説やミステリーは得意ではなく、SF小説なんて熱が出ます。
気持ちの問題だと思うのですが、苦手意識があったのでしょう。
ですが、アガサ・クリスティ原作『オリエント急行殺人事件』の映画を観る機会があり、それがとても面白かったので小説もチャレンジしてみました。
小説を一気に読み終えた達成感と、小説も面白かったのとで、次は何を読もうかなと指南中です。
苦手意識の塊の私が、こんなにもあっさりと読み終えた。
そのうえ、ひとりリビングで思わず「面白かった」と声に出してしまったのは、自分でもびっくりです。
シンプルの秘密
名作と呼ばれるものはみんなシンプルです。
読者を飽きさせないように、右へ左へと揺さぶりは持たせるけれど、ストーリーそのものは実はシンプルだったりします。
このシンプルさが、私のような者を迷子にせず、物語の始まりから終わりまで導いてくれるのです。
「シンプルでわかりやすい」
人の心にダイレクトに響く秘密は、このシンプルさにあるのかもしれません。
心にダイレクトに届くシンプルな日常
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複雑さはいくらでも作れます。
難しいのは、複雑なものをいかにシンプルにまとめられるか。
人生もそうなのかも。
産声をあげて、ただ泣くしかなかった私たちは、やがて複雑な感情を持つようになります。
家族、仕事、人間関係、欲求、憎悪など、あらゆるものが紐付き、絡まっていく。
お砂場でお友だちと一緒に遊ぶところから、10代、20代、30代・・・と社会との関わりが強まっていくほど、複雑な空間で生きていくことになります。
そうしてあらゆる経験を踏み、登りつめ、高い視座に立ち、シンプルな時間へ身を置くことができるようになっていくのかもしれません。
(願わくは、縁側でお茶飲んで鳥と会話する時間)
こう想像すると、ごった返してる今の私の周囲は、いつか訪れるシンプルな人生を見据えた準備期間のように感じます。
人生は、体験や経験があるほど感性は深く、視野は広く、大枠を持てるようになります。
若いうちに苦労をしろ、あれはあながち嘘じゃない。
私たちの人生、日常、毎日、時間、まばたきの瞬間、すべてに捨て駒はないのです。
私を映画館へと向かわせた公式サイト
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『PERFECT DAYS』の公式サイトでは、映画の雰囲気に触れることができます。
私はこの公式サイトをみて、映画館へ出向こうと思ったのでした。
スクリーンで観たい!早く観たい!と私を動かしたのは、レビューでもなく、SNSでもなく、公式サイトでした。